小学2年生の頃の話。
幼馴染である少女が、特徴的な左右色違いの瞳を濡らしながらも、俺の目の前で必死に涙を堪えている。
彼女の名をサリュ=ニコルソン。イタリア人の母、日本人の父から生まれたハーフであり、容姿だけでなく性格も含めて天使のような少女だった。
そんな天使が泣くのを我慢している理由。その日はサリュ、更にはサリュの家族、ついでに俺の母親がイタリアに引越ししてしまう日だったから。
「ううう……! タロ様と離れたくないよぅ!」
ついには涙腺崩壊。空港ギリギリでサリュはぐずり始めてしまい、わんわんからギャンギャン。いわゆるギャン泣き。
タロ様こと桃山太郎としては呑気なもので、自分と離れたくないがために泣き続ける少女を指差して、
「子犬からアホ犬みたいな泣き方に変わったギャハハハ!」
と大爆笑して母親にどつかれた記憶がある。
あのときの俺は年相応にアホだった。ちょっと引くくらいに。
「タロ様のお嫁さんになるから行きたくないよぅ……!」
幼馴染の口癖を聞いて、アホな少年もようやく事の重大さに気づいた、と言うことはなかったのだが、幼馴染に笑っていてほしいという気持ちは持っていた。
「そんな泣くなよ。イタリアっていっても地球じゃん。夏休みに自転車で遊びに行けると思うし、遊びに行くって」
「自転車じゃ遠すぎて無理ですよぉ……」
「バスとか電車は?」
「無理ですよぉ」
「そっか」
「諦めないでくださいよぉ!」
「え~~~……。うーん……、! じゃあ毎日電話するからさ! あ! ちょっと待って、毎日はめんどくさいから1週間に1回電話してやるから、それでいいじゃん!」
「……ほんとですかぁ?」
「俺が約束破ったことあるか?」
「……結構あるです」
「大切な約束は?」
「……ないです」
「じゃあ大切な約束だから破らない!」
「ん!」と小指を差し出せば、サリュも涙を拭いて小指を絡ませる。
指きりげんまんを歌い終える頃には、サリュの表情に不安の色は見えなくなっていた。
目を腫らしながらも、作り笑顔ながらも、笑顔でバイバイすることができた。
実に8年前の出来事。
時刻は23時55分。日本の日付が変わる直前、いつもどおりスマホからアラームが鳴り響く。
習慣というものは恐ろしく、自室で爆睡をキメ込んでいようとも起きてしまう。
「……んあ? ふぁぁぁ……。……電話しないと……」
あんぐりと大開口しながらもアラームを解除。寝癖った頭をガシガシ掻き回し、ストレッチを少々。最後に篭もりきった空気を換気すべく窓を開く。
外から入り込む5月末の夜風は、冷たいような暖かいような。人によっては意見が分かれるくらいに丁度良い気温と言えるだろう。
ボーッ、と風に当たり、若干の眠気が取れたところで0時ジャスト。
握り締めたスマホのお気に入りリストから『サリュ』をタップする。
1コール鳴り止む前。まるで電話が来るのを待っていたように、というか待っていた彼女の弾む声が、鼓膜へとダイレクトに届く。
『こんばんはタロ様っ!』
「あーい、タロ様ですよー……」
自分でも驚くことに今でもサリュとの約束を破らないでいる。
我ながら中々に続いていると思う。
『フフッ♪ 1週間ぶりの生声です♪ 今日も眠たそうですね!』
「そりゃミラノは夕方16時だけども、こっちは深夜0時だからな……」
『でもでも、サリュは寝かせませんよ?』
「そういう発言は言っちゃダメだろ……」
『? どうしてですかぁ?』
高2にもなったというのに、相変わらず天然というか無知というか。画面越しにクエスチョンマークを浮かべて、首を傾げている姿が目に浮かぶ。
その変わらない所がこいつの良い所なんだろうけども。
性格は変わらないのだろうが、容姿、身体的特徴はどうだろうか?
天使のような少女が今現在どのように成長したのかを俺は知らない。
サリュがミラノに引っ越してから、1度も姿を見たことがないから。
『今週は学校でどんなことをしたんですかぁ?』
「毎週毎週、飽きないなぁ。たまにはお前のスクールライフを聞きたいわ」
『サリュはタロ様のことを知りたいんですっ』
「うーん……、あ。この前、桜が――、『その話はつまらないですよぉ……』」
「……まだ話してないじゃん」
『未来のお嫁さんに、他の女性の話をするのは禁物ですっ』
「誰が俺の嫁だよ」
『そんな照れなくてもいいですよぅ』
照れてねーし。
「タロ様のお嫁さんになる」。俺は海賊王になるとは比べ物にならないくらい軽いサリュの口癖は未だに継続中。
その後は結局、俺の1週間の身の上話。親友と部活動で馬鹿やって教師に怒られたようなくだらない話を延々としていく。
サリュはいつもどおり屈託なく笑ってくれ、俺はいつもどおりそんな幼馴染をもっと喜ばせたいと話し続けてしまう。なんだかんだで、俺もこの時間は毎週楽しみにしている。
時計を見れば、0時55分。
そろそろだな。
回っていなかった頭が覚め始めてしまえば、朝までオールナイトしてしまう。キリが無いからこそ、きっかり1時間で電話を切るのは俺とサリュが決めた約束事の1つ。
「じゃあまた来週な、サリュ」
『……ねぇ、タロ様?』
「ん? 何?」
今までのハキハキとした声とは違い、急にかしこまったように微弱な声量。さらには、しばしの静寂。
『……タロ様は……、い、いや何でもないですっ! お、おやすみなさいですっ』
「え? う、うん、おやす――、……切れた」
ツー、ツー……、繰り返される電子音。地味に向こうから電話を切られるのは初めてかもしれない。
うーん、急いでたのかな? ウチの子に限って反抗期ではないと思うけど。
1週間後にまた聞けばいっか。
※ ※ ※
6月の頭。梅雨の時期に入ろうと、部室棟から仰ぐ空は文句なしの快晴。
雲ひとつない青空の下、野太い声を発しながらもアップ運動している柔道部はさすがは全国レベル。アップ運動だけでも付いていける気がしない。
しかし、ウチはウチ、ヨソはヨソ。我らがオルタナティ部も日々精進しているのだ。
オルタナティ部。現生活において必要不可欠な文化、サブカルチャーを研究するために1年前に俺と親友が新設した部活動である。
古きものから新しいものを創設するというオルタナティブが語源になっているのは言うまでもなく、おしゃれな人はオルタナティブミュージック、賢い人はオルタナティブ投資、どうしようもない人は仮面ライ○ーオルタナティブを想像しただろう。
とはいえ、3つに共通するオルタナティブに差異はなく、オルタナティ部も然り。
そんなオルタナティ部の活動目的は、メディアを駆使して人々を幸せにすることだ。
カッコ良すぎだろ。
※ ※ ※
ギターとドラムの音色が漏れ聞こえる、軽音部の部室前。
「太郎、もっと右右……ちゃうちゃう。行き過ぎやアホンダラ」
廊下にしゃがみ込みながらも、ノーパソと睨めっこしている親友の名を遠山キンタ。
コテコテ関西弁で声を殺しながらも指示してくるキンタは方言だけでなく、赤色のセルフレーム眼鏡を着用するというキャラ付けに貪欲な男だ。
「こ、こっち……?」
廊下などお構いなし。俺といえばキンタの指示のもと、うつ伏せになりながらもノーパソへと繋がるWEBカメラを、僅かに開けた部室へと忍び込ませ微調整。
「どうよ……?」
未だ何も映っていないらしく、関西人の小言がうるさい。
「全っ然、見えへんぞ! 視聴者もめっちゃ怒っとる! 見てみぃ!」
どっちを見りゃいいのよ……。
作業を一時中断して、ノーパソを覗く。
『はよ!』『下手くそwww』『とりあえず通報した』などなど。
生放送中の画面に視聴者のコメントが流れるという、ニコニコ生放送最大の特徴が俺の苛立ちをジワジワと上昇させていく。
ついには苛立ちMAX。思わずWEBカメラに向かって叫んでしまう。
「そんなこと言っても結構ムズイんだって! はよはよ言うからやりますけども!」
今現在、何をしているかというと、中高生に人気を博している動画投稿サイト、ニカニカにて生放送を公開している最中。
投稿タイトルは、『桜たんの生足覗いてみた~パンチラあるかも~』。
いやー。メディアを駆使して人々を幸せにするっていいことだよねー。
とまぁ、我らオルタナティ部は、遊んでることがバレて廃部にならないために、部活っぽいことをしながらも一生懸命に遊んでいる部活動なのだ。
主な活動内容は漫画やラノベ、ゲームのレビューを自分たちで作り上げたブログで更新すること。ブログ更新がサブカルチャーを嗜むためのついでなのは言うまでもない。
しかしながら、最近ではブログ更新に嫌気がさしてしまう。誰も見てくれないブログを更新する作業は辛すぎるから。そもそもレビューなどAmaz○nで見ればいいし。
そこで俺たちは、動画を垂れ流すスタイルは楽そうだという安直な考えでニコ生活動をスタート。苦肉の策で始めたものの、これが中々に面白い。つまらなければボロカス言われるものの、楽しければ素直に視聴者は評価してくれるから。
そんなわけで、俺たちは視聴者を喜ばせるために今も仕方なく大人気学園バンドの生足を盗さ――、じゃなくて公開生放送しているのである。
ヤラしい気持ちは2割くらいしかない。ヤラしさ2割、罪悪感1割、社会貢献7割でオルタナティ部は頑張っているのだから。
人々を幸せにすべく仕方なくな!
『生足ハヨ』という謎のメッセージコールが続いているので、再チャレンジすべくカメラを部室へと忍ばせていく。
「全く……、生足映ったら俺を神として拝め――、」
愚痴の途中、勢いよく軽音楽部の扉がオープン。
何故、気付かなかったのだろう……。演奏がストップしていることに……。
恐る恐る、うつ伏せ状態ながらも顔を上げてしまう。
血の気がサー……、と引いていくのがよく分かる。
「さ、桜……」
視線の先には、無言で睨み続ける半眼の幼馴染が仁王立っていたから。
幼馴染の名を八重樫桜。小中高一緒という腐れ縁であり、サリュ一家がいなくなった空き家に桜一家が引っ越してきたことから、桜はいわばセカンド、2番目の幼馴染である。
サリュの後釜。うん、後釜。
少し切れ長で大きな瞳は、強気な桜の性格を現すチャームポイント。腰くらいまで伸びたゆるパーマな髪型は、憧れのアーティストをリスペクトしているんだとか。さすがはガキの頃からの夢が、バンドでメジャーデビューなだけはあるバンドガールだ。
可愛いのは確かだがリスやウサギというよりはマングースだな。手を出そうとすればガブりと噛み付かれてしまう感じの。
今だって咬み殺さんとばかりに、スゲー睨んできてるし……。
「王華、直ぐに片すから練習続けといて」
桜の言葉に対し、ドラムベンチで足を組みながらも俺らを眺めていた朝霧王華さんが、クス……、と微笑。次いで「ごゆっくり」と俺らに告げ、ドラム練習を再開。
さすがは同年代ながらも大人な美女。俺らのお茶目な行動を卑下することなく、寛容にもスルー。どうでもいいんだろうなぁ。
ごめんな視聴者の皆……。朝霧さんの生足をレンズに収めることができなくて……。
せめてもの償いにと、桜の生足を視聴者に届けるべくカメラを向ける。が、一瞬でカメラを掠め取られてしまう。
ごめんな視聴者の皆……。
イチかバチか。愛嬌たっぷりにお願いしてみる。
「部活中だからカメラ返して。ね?」
ついには怒り爆発。
「どんな部活動よ!」
「きゃん!」
ですよねー! でも、人の顔面をドライブシュートはないんじゃないかな!
「かかかか顔が……。ね、ねぇ……俺の顔ある……?」
「ほら。視聴者に教えてもらいなさいよ」
桜は取り上げたカメラで蠢く俺を撮影。ドSかっ。
キンタといえば呑気なもので、
「よかったな太郎! 皆、首付いてるって言っとるで!」
「やかましいわ! 1回カメラ止めろ! そして桜! 幼馴染の顔面蹴るとかどんな神経してるの!? というか神経無いの!?」
「幼馴染盗撮する奴に言われたくないわよ!」
「サリュだったら、きっと生足なんていくらでも――、」
「いない子と毎回く・ら・べ・る・なぁ~~~!」
「くるちぃ! 超くるちぃぃぃ~~~!」
豪快な羽交い締め。苦しすぎて何も言えねぇ……。
見事な絞め技を繰り出す理由は、全てのポテンシャルがサリュに劣っていると悟っているからに違いない。
「太郎、AED持ってこよか?」
「コヒュー……、コヒュー……、ありがとうキンタ……。意識を失ったときは頼む……」
素晴らしい友情関係の前でも、桜はため息しか吐き出さない。
「毎回、毎回、アンタらは馬鹿なことを……。そんなくだらない遊び、部活ですることじゃないじゃん」
異議有り!、とキンタが桜に食らいつく。
「オルタナティ部は無駄な部活なんかやあらへんぞ!」
「そこまでは言ってないわよ……。でも創部2年目なのに、何も結果残していないじゃん」
「動画投稿で再生回数1万回突破したことあるわ! しかも2つも!」
「……そのときのタイトルは?」
桜が眉をヒクつかせながらも言葉を吐く。明らかに再噴火寸前。
察したキンタは俺を見る。目が明らかに「言ったれタイトル」と言っとる。
仕方ないな。
「『JKの体操着盗んでみた』と『校長の机にJKの体操着置いてみた』だ!」
「それ全部私の体操着じゃないの―――!」
「あごぉっ!」
顎に掌底がヒットし、脳が掻き乱さながらも吹き飛ばされる。
こうなるのは知ってましたけどね!
あの時の再生回数はやばかった。30分後にはアカウントBANされたけども。
仕方ないんですよ。若かりし俺たちは再生回数を稼ぐことで頭が一杯だったから。桜にバレて半殺しにされ、ネットで叩かれて泣いたのはいい思い出ですよ。
桜の不満は続く。
「そもそも何でいっつも私たちを巻き込んでくんのよ」
桜がほざく私たちとは軽音楽部、すなわち桜自らがメンバーを集めて結成したバンド、『レインダンス』のことである。
レインダンス。去年結成したにも関わらず、文化祭のステージ部門でぶっちぎりの1位をかっさらった学園アイドルに近い存在。
あらゆる男を手玉に取る小悪魔系美少女、ベース&ボーカルの山本月(ルナ)先輩。
抜群のプロポーションを持つクールビューティー、ドラムの朝霧王華。
人の顔面を蹴る女、ギターの八重樫桜。
演奏しなくとも突っ立てるだけで文化祭は優勝できていたくらい、アイドル要素の強い3人組ガールズバンドだ。
桜の言い分に対し、老け顔か童顔か分からない人になってしまう。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」
「何がしょうがないのよ?」
「ニコ生ってJKが最強だから。利用しない手立てはないだろ」
「せやで。JKのタグ貼ってJK出しとけば高評価出せるんやで」
「アンタら努力しなさいよ……」
「「HAHAHAHA!」」
「何も面白くないわよ!」
俺らだって2人で頑張ろうとした時期はある。けどね。世の中には需要と供給というものがあるわけで。
DKのタグ貼ってフツメン2人が出ようとも、ニコ生では酷評とホモしか出てこないのだ。それは数回目のニコ生放送、『男子高校生2人が百本桜をリコーダーで吹いてみたwww』で思い知った。あれはえげつなかった。
思いつきでやろうってことになって、1時間練習してぶっつけ生放送。演奏中、ニコ生のコメント欄は『氏ね』『キモすぎワロタ』『リコーダーペロペロしたい』等のオンパレード。思い出しただけで目の端がジワってくる。
所詮、動画界のメンズは、イケメンかよっぽどのカリスマ性を搭載していなければ息をすることも難しいのだ。俺たちがブンブンハローY○UTUBEとほざいたところで、タヒねしか言われないのだから。
だとすればJK様を扱うに決まっている。ましてや学園アイドルたちが近くにいるのなら、ありがたくおこぼれを頂戴するのが常考。
断言しよう。プライドなどない。
「いいじゃんよ。俺らの作ったコミュニティがファンクラブとして機能してるんだし。マネージメント料として大目に見てくれよ」
「いらないわよ。あんなコミュニティ」
「そんなあっさり言うなよ……」
悲しくなるわ。
「作ってほしいなんて頼んだ覚えないし。そもそもコミュニティ名ダサすぎ。『密着! レインダンス24時』って何よ。警察なのかストーカーなのか分かんないじゃん」
「太郎、俺はこの名前好きやで」
「お前が付けたタイトルじゃねーか! 罪なすり付けんな!」
てへぺろをするキンタのメガネをカチ割りたい。
『密着! レインダンス24時』こそが俺とキンタが立ち上げたコミュニティ。
桜たちの安全を考慮し、学園の生徒のみしか視聴不可。視聴したい生徒は申請用紙を記入の上、オルタナティ部の審査を通さなければパスワード及び、視聴許可が降りないように設定される徹底っぷりである。
今では生徒数の3分の1、男子生徒の半分以上が登録している素晴らしいコミュニティなのに桜はお気に召さないらしい。贅沢かっ。
「そんな馬鹿げた活動ばっかしてたら、いい加減、廃部にされるかもよ?」
「まぁ、潰れたら潰れただよね」
「せやな。潰れたら、新しく部活作り直せばええやろ」
「ウイルスみたいな奴らね……。とりあえずは岩田先生にも目を付けられてるんだから自重はしなさい」
桜は口うるさくてオカンみたいな奴だけど、一応俺らのことを心配はしてくれているのだから良い幼馴染だ。暴力反対だけども。
「あ!」
突如、キンタが何かを思い出したように声を上げる。
「? どうしたんだキンタ?」
「予約してたサファイアちゃんのフィギュア届くの今日やん!」
サファイアちゃんとは、キンタが今最も推すアニメ『ラブコンサート! ムーンサルトプレス!!』に登場するヒロインの1人、白澤サファイアのこと。
キンタは2次元の美少女と本気で結婚したいと考えている、危け――、じゃなくて、ピュアな男なのだ。
ついには、その場で足踏みしだし、
「採寸して衣装たくさん作ってあげな! もうデザインは考えてあんねん!」
「コシノジュン○かお前は」
キンタの趣味はオタク故にコスプレ衣装や原寸大の武器制作。
実家が工務店で、幼いころから図工及び裁縫が大の得意と豪語するだけあり、そこらへんどころか並大抵の女子よりも手先が器用で女子力も高い。53万は超えている。
良く言えばオトメン。
「早く愛でたいから帰ってええ!?」
悪く言えばキモメン。
「ああ、もう分かったよ……。俺が部室は閉めといてやるから、早くフィギュアに会いに行けよ」
「おお! さすがは親友! 女子やったら惚れとったで!」
さすがの桜も呆れており、
「来世は女子に生まれてこれたらいいわね」
「来世は2次元の男になるって決めてるんや!」
「重症ねコイツ」
「違いない……」
キンタは「ほな!」と一目散に部室を後に。
「俺も帰ろっかな……」
生放送を再開する気もすっかり失せてしまい、そのままにノーパソを閉じてシャットダウン。すると桜が、
「あ、太郎。今日の夜、遊びに行ってもいい? この前、借りた漫画面白かったから一気読みしたいんだけど」
桜が男子に人気があるのはよく分かる。俺の影響もあり、普通に漫画やラノベも読むし、ゲームもするから。格ゲーは俺よりちょっと強い。ちょっとだけな。誤差の範囲。
アプデによるキャラ弱体化の愚痴を聞いてくれたり、今週のジャ○プの話をできる女子はポイントが高いと言えるだろう。
「あ――……。いつもならいいけど今日はなぁ……」
言い出しにくい故に、口を固く結んでいる俺を見て桜は察したらしい。
「今日はそっか……。サリュって子と電話するんでしょ?」
「正解」
怒りはしないけどサリュの奴、桜がいると電話しづらそうなんだもんなぁ。
桜はジト目になり、
「太郎さ。絶対、私の悪口吹き込んでるでしょ」
「吹き込んでないと思うんだけどなぁ」
「じゃあ私のことで、サリュちゃんと話した内容教えてよ」
「えーと……、最近は誕生日プレゼントあげたら殴られたことくらいかな」
唐突にも桜は、薄く硬い刃のようなものを頚動脈に押し付けてくる。
「ギターピックって命を刈る形をしていると思わない?」
「思ったことないよ!?」
何を演奏しようとしてるの!? レクイエム?
「試してみる?」
「ノーサンキューだよ! っていうか何で怒ってんの!?」
「話を要約しすぎてるからよ馬鹿! 下着なんて誕プレで渡されたら誰でも殴るわよ!」
ああ~。思い出した思い出した。小包開けるまで嬉しそうだったのに、開けた瞬間に赤面しながらラリアットしてきたんだっけか。今も赤くなっちゃってこの子は。
「サプライズじゃないか。その後にちゃんと普通のプレゼントもあげただろ?」
「サプライズの意味が違うわよ! ……疲れるしその話はいいわ。太郎ん家には、また明日にでも遊びに行くから」
「あいよ。じゃあ俺も帰るわ。練習頑張れよ」
「ん」と桜は短く返事すると俺に背を向けながらも一言。
「セクハラしすぎてサリュちゃんに嫌われないようにね」
「俺がサリュに嫌われる? ハハッ! サリュとは相思相愛だから嫌われるとか有り得ないね!」
「サリュちゃん、遊びに来ないし写メも見せてくれないんでしょ? 説得力皆無じゃん。ていうか、もう嫌われてたりして」
「嫌われてないし! ……嫌われてないよね?」
「知ーらない」
最後に桜は振り返り、「いー!」と歯を見せながらも扉をシャットダウン。
ギターとドラムのセッション開始。失恋ソングなのは故意じゃないよね?
敗者感を漂わせ廊下をトボトボと引き返していると、澄んだメロディを一瞬で混濁させる歌声に思わずズッこけてしまう。
「相変わらずヒドい歌声だな桜の奴……」
桜単体ならメジャーデビューなど夢のまた夢。空き地でリサイタル止まりだろう。
桜は俗に言う音痴なのだから。
※ ※ ※
徒歩にて家路を辿りながらも、ジャイア――、じゃなくて桜の言葉を思い返してしまう。
確かにサリュは遊びに来いと言っても遊びに来ず、写メ頂戴と言っても1枚も送ってくれたことがない。もちろんエロい写真など要求していないのにだ。
セルカ棒を誕生日プレゼントで贈ったことがあるけど、スマホを外側に付けてLIN○で景色だけ送ってきやがった。それは天然でもバカでもなく、確信犯に違いない。
「……俺って、実はサリュに嫌われてるのかな?」
いやいやいや。もし嫌われているのなら、電話の習慣自体続いていないだろうから大丈夫なはず。……なはず。
例え8年間拒み続けられても……。
ブルーな気持ちになりながらも自宅前まで到着。
一軒家2階建て。ここまで聞けばごくごく普通の家だろうがウチは5LLDK。Lが1つ多いのは気のせいではない。
5部屋・リビング・ラーメン屋・ダイニング・キッチン。
YES。実家でラーメン屋を絶賛経営中なのだ。
親父がラーメン屋になる夢を諦めきれないと、脱サラして家を魔改造して作った店であり、1階の大部分の部屋をぶち抜き、厨房や席を確保しているというわけだ。
夕方になればサラリーマンはもちろんのこと、ウチの学校の生徒もチラホラと来店してくれる。極稀に先生方も出前を取ってくれたり、食べに来てくれたり。
潰れはしないけどめちゃくちゃ繁盛しているわけでもない、そんなラーメン屋。
いつもどおり、店とは正反対の玄関である裏口へと向かう。
「ただいまー」
「兄ちゃーん!」
うむ。ドアを開ければ、これまたいつもどおり我が妹が元気いっぱいに迎えに来てくれる。微笑ましい光景ではないか。
「兄ちゃん! ガリガ○くん当たった! 代えてきて!」
「帰ってきて早々に!?」
鬼かコイツは。
いいや。コイツは鬼ではなく、アホなだけ。
目をキラキラさせながらも、ベットベトの当たり棒を差し出す妹の名を桃山詩音。
小5の水準値を遥かに下回る知能を持ち合わせた、元気いっぱい破天荒ガールだ。
昔の俺に似て可愛いっちゃ可愛いけど、小5の俺はここまで酷くはなかった、と思う。
「ガリガ○くんは兄ちゃんが明日交換してきてやるから今日は我慢しろ」
「分かったー」
聞き分けはいい奴なんだけどなぁ。
「兄ちゃん」
「どうした詩音」
「なんか伝えなきゃ駄目なこと忘れたー」
「大丈夫かお前……。それは大事なことなのか?」
「それさえも忘れた」
「お前1回病院行け! 何がそんなにおかしいの!?」
ケタケタ笑いながも、詩音はリビングへと逃亡。
「妹の将来が心配……」
詩音から俺ってことは、厨房でラーメン作ってる親父からっぽいな。重要なことだったら直接言うだろうし、おやつは戸棚に入ってるくらいだろう。
分からないことを考えるのもアホらしい。スニーカーを脱いで自分の部屋である2階へ。
そして、自室のドアを開ける。
思わず立ち止まってしまう。
圧倒的存在感を放つ『とあるモノ』を発見してしまったから。
「絶対これのことだろ……」
発見というよりもエンカウント。目に入らないほうがおかしいほどの大きさ、1立方メートル弱ほどのダンボール箱が部屋のど真ん中に鎮座していた。
確かに俺はニコ生用にとワイヤレスヘッドセットを注文したが、あまりにもデカすぎる。箱を開けてちんまりと商品だけ入っていたならば、間違いなく俺は業者に挑発されているに違いないが、業者の人たちもそんなに暇ではないだろう。
犯人は桜だな。
以前、親に買ったのがバレたら面倒だという理由で、俺ん家にギターを送ってきた前科があるし。
クーリングオフしたろかい。
とりあえずは邪魔。箱を部屋の外へ追いやるべく持ち上げようとするが、アンプでも入っているらしく中々に重い。
それならばと、全体重をかけて箱を押し出していく。気分はゼ○ダの伝説の主人公。
ドアに差し掛かったところ、
「ん?」
ゴッ、と箱がドアへと引っかかる。
どうやら箱のサイズが大きすぎて、家のドアでは出しきれないようだ。
「んん?」
それっておかしくね? じゃあどうやってこの箱入れたんだよ?
……。やだ怖い……。
恐る恐るも箱に貼られた宛名シールを確認してしまう。
記載された文字は英語?、筆記体で書かれているせいでよく分からない。
分からないのだが、1箇所のみ日本語で書かれている箇所がある。
そこは品名。もとは筆記体で書かれていたらしいのだが取り消し線が引かれており、新しくも『イタリアより愛を込めて』と書かれているではないか。
イタリア? ロシアじゃなくて?
頭の中でクエスチョンマークを浮かべていたときだった。
勢い良くも箱がオープン。
「ひゃい!?」
クエスチョンマークからビックリマークに強制変更。
腰が四方八方に砕け散りながらも尻餅付いてしまい、箱から飛び出した『人物』を見上げてしまう。
その人物は少女。身長150前後で、年齢は俺と同じくらいか少し下くらいだと思う。
髪が収まるほどツバ広な麦わら帽子をすっぽりと被っているために表情は見れず、服装は夏を先取りしすぎている印象を受ける薄着な紐丈ワンピース。
かなり肌の色素は薄く、小柄で線が細く華奢なのだが、華奢に見えるのは外見だけが要因ではない。小さな身体を更に小さくも萎縮させる姿は、少し触れただけで粉々になりそうなほどにか弱かったから。
脳は当たり前に錯乱状態。しかしながら、少女の纏う雰囲気を感じてしまえば、圧倒的に不足した視覚情報であろうと、自然と声が出てしまっていた。
「サリュ、だよな……?」
魔法の言葉を聞いたかのよう。少女の震えがピタリと止まる。
そして、少女は目深く被っていた帽子を上げる。
「……タロ、様」
驚くように見開いた、少女の瞳に目を奪われてしまう。
右目は碧眼、もう片方の左目は金眼、オッドアイ。
特徴的な瞳の色、8年間聞き続けてきた声で確信してしまう。ミラノにいるはずの幼馴染、サリュが目の前にいることに。
サリュの色違いの瞳が瞬く間に潤み、
「タロ様ぁ!」
「サ、サリュ!?」
感情を抑えることができないと、箱から飛び出したサリュが俺へと飛びついてくる。
壊れそうなほどに小さくも細い身体を、これでもかと俺へと密着させ、顔なんて子犬のようにグリグリ胸元に押し付けてくる。
「会いたかったですぅ……! ずっと会いたかったですよぉ……!」
サリュの人よりも少し温かい体温、髪や肌から香る甘い香りが懐かしい。
桜に羽交い締めされたときとはワケが違う。純粋に女子特有の柔らかさを体感してしまう。やっぱり女の子は超絶に柔らかいです……!
エンドレスに体感したい欲求もあるが今はそれどころではない。サリュの両肩を掴みながらも離し、尋ねてしまう。
「な、何でサリュが日本に!?」
「えへへ……。タロ様を驚かせようと思って、内緒で来ちゃいましたぁ。サプライズです」
「サプライズにも程があるわ……」
「大成功です♪」
惜しげもなく微笑む笑顔は実に懐かしく、改めて顔を見つめてしまう。
小顔に配置される大きくまん丸な瞳、あどけなく小さい鼻、ふっくりした小ぶりな唇。
パーツの配置が殆ど左右対称に近く、フランス人形とかキンタの持っているフィギュアのような造形美すら感じてしまうほどだ。
懐かしさ、あどけなさを残しつつも、想像を遥か上回る美少女へと成長していたらしい。
ただただ目を奪われている俺とは対照的にサリュは、
「はあ~、久々のタロ様です~~♪」
またしても俺の二の腕に飛びつき、やわから頬っぺをスリスリしてくる。
ずっと電話したりメールしていたから知ってたけど、やっぱり甘えん坊なまま。というよりも以前にも増してスキンシップが多い気もする。海外の力恐るべし。
「サリュ、留学しにきたんです、タロ様と同じ学校に」
「え?」
何そのとんでも情報。
「あと、タロ様の家にホームステイすることになりましたっ」
「ええぇ!?」
「ママ様が勧めてくれたんです。ママ様のお部屋を自由に使っていいと言ってくださいました」
ママ様こと俺の母さんは、サリュ一家と一緒に暮らしている。
サリュ母は知る人ぞ知るシンガーソングライターであり、母さんはサリュ母のマネージャー。やはりホームの地元を拠点としたい気持ちがサリュ母は強かったらしく、思い切って故郷であるミラノに帰った経緯があるのだ。
確かに母さんは、年に1回帰って来るか来ないかだけどさ。
「ウチの親父や詩音は、このこと知ってるのか?」
「勿論ですっ!」
「……急展開過ぎて頭が痛い……」
「痛いの痛いの飛んでけしましょうかぁ?」
「やかましいわ」
オデコを人差しで軽く小突くものの、サリュといえば触られることが嬉しいようで、とろけるような笑みを浮かべるのみ。
そんな笑顔を見てしまえば、さっきまでというか8年間不思議がっていた疑問がどうでもよくなってしまう。
荷物整理の手伝いは案外早く終わった。サリュは持参したトランク1つと、送られてきたダンボール1箱分しか荷物を持ってこなかったらしく、母さんの部屋にある衣類や私物をひとまとめにする方が手間取ったくらいだ。
しかしながら、いくら軽作業だったとはいえ非力な文化部にしては中々の消費カロリー。
現在は夕食を食べ終え入浴中。
サリュがお土産で持ってきてくれた、バスボムなる入浴剤に癒されてしまう。
シュワシュワと無色透明な湯に溶け込んでいき、乳白色かつ仄かにもラベンダーが香っていく。
ふぃ~~~……テラピー……。疲れた身体に染み渡るわぁ~……。
のほほんと天井を仰いでリラクゼーションしていると、次回のニコ生でする放送内容を考えなくてはならないのに、サリュに抱きつかれたときのことを思い出してしまう。
「柔らかくて甘い匂いがしたなぁ……」
「タロ様ぁ、バスタオル置いときますね」
「ふぁ!? あ、ありがとござますっ!」
変な声が出ながらも、いつの間にか現れた半透明扉に映るシルエットに注目してしまう。
真っ金金の髪色を間違えるわけもない。サリュだ。
サリュのシルエットの首部分が傾く。
「どうしたんですかぁ? そんなに慌てて」
「い、いや……なんでもないよ……」
抱きつかれ時の感触と匂いを思い出してたなんて言えるわけがない……。
「あ、お土産の入浴剤ありがとな」
「いえいえ。真っ白ですかぁ?」
「え、お湯がってこと? ああ。真っ白だよ」
? 普通は「いい匂いですか?」とか「癒されますか?」とかじゃないの?
「そうですか、良かったですぅ……」
? 何で安心してんの……?
嫌な予感を感じようとしたときだった。
気のせいだろうか。扉越しの少女の衣類が、擦れながらも床に落下しているように見えるのは。
気のせいだろうか。肌色面積多めの少女が扉に接近してきているのは。
気のせいではなかった。
だってタオル1枚だけのサリュが、扉を開けて登場したんだもの。
「お、お邪魔するですぅ……」
「!? きゃ―――っ!」
咄嗟に股間を隠しながらも、縮こまってしまう。
そりゃ安心できませんよ! 履いてないんですから!
「ど、どうしたんですかっ!? 虫でもいたんですか!? ひ~ん!」
「お前だバカ野郎! とんでもない害虫だよ!」
コイツ何考えてんの!?
数秒前の露出度MAXなサリュの姿、主に大胆にも露出した胸の谷間や太もも部分が、鮮明にフラッシュバック。
顔よりも身体に目がいっちゃったのは不本意だが仕方ない!
抱きつかれたときはあんまり大きくないと思ってたけど、ぷっくりと膨らんだ果実が未成熟故のエロ――、ってイヤァァァ! 幼馴染で欲情したくない!
「サ、サリュは害虫じゃないですよぅ! ホラ! ちゃんと見てくださいよぉ~!」
ダンダンダン!、と音を立てて足踏みし続けるサリュは、自分で何を言っているか理解したらしい。すぐにしゃがみ込んだのだから。
「や、やっぱり恥ずかしいので、ちょっとだけしか見ちゃダメですぅ……。せーので立ち上がりますね? ……せー「見ねーよ!」」
立ち上がろうとする痴女を全力で抑止。
視聴者のために率先して覗きをしてきたけど、こういうハプニングは無理!
だって童貞だもの!
目の前で何が起こっているか脳みそが一生懸命に解明しようとするが、さらなるシステム障害が発生してしまう。
「……!」
日本語を忘れてしまう程の衝撃に、ついには脳みそが思考停止。
しれっと、さも当たり前かのように、サリュが浴槽に入り込んできたのだ。
向かい合って肌と肌が触れ合うくらいの超至近距離で、俗に言う混浴を俺はしているらしい。
……WHY?
俺のフリーズ状態などお構いなし。
「お、お風呂の中でタオルはマナー違反ですよね……?」
「え……、あの、……え?」
サリュは少し前かがみになると、ブラでも外すかのように背中へと手を伸ばす。そして、前へと手を戻したときにはあら不思議。何も持っていなかった手にはタオルが握られているではありませんか。
すなわち、目の前にいる少女は一糸纏わぬ姿。シンプルに言うと全裸になったのだ。
コイツは自分の持ってきた入浴剤に、どれだけの信頼をしているのだろうか……。
「さdさヴぁsxcvxc……!」
脳細胞が煮えたぎり、新言語を喋れるようになるのも無理はない。裸の女の子と同じ液体を共有しているんだもの。
長い前髪を後ろに持っていきながらも固く絞ったタオルを、サリュは頭に巻きつける。
そして、
「いいお湯ですねっ♪」
ニパァ、と天真爛漫なサリュの笑顔が視界一杯に広がる。
破壊力満点故に、思わず視線をダウン。
「!」
何ということでしょう。笑顔以上の破壊力が俺の首を固定させてしまう。
乳白色のお湯に控えめにも覗く、艶やかな胸の谷間。真っ白な肌に水滴が滴り、ほんのりと赤みがかりより扇情的。
似ている……。その海域に入ってしまえば、絶対に脱出することができない魔の三角海域に……!
サリューダトライアングル!
そんなチラリズムに耐え切れるわけもない!
だって童貞だもの!
「もう無理ィ!」
ひったくるように手に入れた風呂桶で、前を隠しながらも逃げるべく立ち上がる。
その瞬間、水かさが一気に減り、サリュの胸の谷間がグン!、と下降。
思わず見そうになる眼球など要らぬと、すかさずリンスを眼球に塗りたくる。
「んおおおおおお~~~! いぎゃあああ~~~!」
「タロ様!?」
微かな視界、視神経の痛みを堪えながらも叫ぶ。
「むぁぁぁ~~~! 風呂上がったら俺の部屋集合! ぐぉぉぉぉ~~~!」
風呂場から飛び出し、バスタオルも掴まぬままにその場を後にする。目指すは目を洗えるキッチン。
サリューダトライアングルからの脱出、すなわち、幼馴染との一線を踏み外さなかった自分を大いに褒めてあげたい。
トリートメント効果でギンギンに冴え渡る眼球を見開きながらも、風呂から上がってきたサリュを説教中。
ヘアバンドで前髪をアップさせたサリュは、呼び出された理由を未だに理解できていないらしく、ほえ?、と首を傾げるばかり。
「お前なぁ、俺たちはもう高校生なんだぞ? 一緒に風呂なんて入れるわけないだろ」
「? どうしてですかぁ? 昔は一緒に入ってましたよ?」
……出たよ。サリュのソクラテスさんが。
「そ、そりゃ、その……、今はお互い出るとこ出ちゃってるしだな……」
きゃ☆ 結構攻めたこと言っちゃった☆
風呂場での出来事を思い出しているらしく、サリュはモジモジし始める。
「た、確かにサリュも昔に比べたら、女の子らしくはなりましたしね……。ですが……」
「ですが?」
モジモジから一転。サリュは色違いの双眸に力を入れて大真面目にも、
「だからこそですっ! サリュは今おっぱいが小さいので、タロ様理論なら大きくなったら一緒に入れなく――、「そういうことじゃねぇよ!」」
自分の胸に両手を当てるな。痴女かお前は。
さらには肩を落としながらも涙目で訴えてくる。本当に君はコロコロと表情を変えるね。
「タロ様はおっぱいが大きい方としか入らないんですかぁ……?」
「性癖が理由じゃねーよ……。どっちとも入らねーし。ちょっと安心するなよ……」
お前も悲観するほど小さくはないだろ。って脱線し過ぎだろ。
「とにかくだ! 高校生の男女が風呂に入るなんて有り得ないの。そういうのはバカップルくらいしかしちゃ駄目なんだよ。ちぇるちぇるランドの住人くらいしか駄目なの」
「じゃあバカップルになるです」
「軽く告白するんじゃないよ!」
「プロポーズはタロ様がしてくれたら嬉しいなぁ、って考えたり、考えちゃったりです……」
やんやん、首回しながら何をコイツは言っとるんだ。
確かにコイツは死ぬほど可愛い。そこは認めよう。
しかしながら、俺にとってのサリュはただの幼馴染であり、それ以上でも以下でもない。
何だろうなぁ。妹、というよりも子犬? 守ってあげたいとか愛でたくなるような気持ちはあるけど、付き合うとか結婚したいという感情とはベクトルが全くに異なるのだ。
仮にだ。仮にベクトルがサリュと同じ方向だったとしても、『現段階』ではプロポーズどころかバカップルになることも有り得ない。
何故なら、サリュが考えていることが俺には分からないから。分からないからこそ、サリュの好意を8年間、真摯に捉えることがどうにもできないのだ。
うーん……、と思わず、腕組みして考えてしまう。
「タロ様? どうしたんですかぁ?」
ずっと我慢していたが、この際、丁度良いだろう。もう対面しているわけだし。
「サリュってさぁ、その……、俺が言うのも何だけどさ。……本当に俺のことが好きなの?」
「はいですっ!」
間髪入れずに大きく頷く態度に、嘘偽りは無いように思える。
だからこそ、聞かずにはいられない。
「じゃあさ。何で今まで顔出しNGだったんだよ?」
「! ……」
キラキラしていた表情から一変。
「それは、……秘密です」
「いきなり俺の前に現れた理由は?」
「秘密です」
「何で秘密なんだよ」
「秘密ですっ」
終いには、ふいっ、とあからさまに視線を外されてしまう。
断固拒否。やっぱり教えてくれないか……。
気になるか気にならないかで言うと、すげー気になる。けれど、幼馴染の嫌がることをしたくない気持ちの方が強い。俺だってサリュは好きなのだから。
ラブじゃなくて、ライクだけども。
時計を見れば良い時間帯。
視線を外し続けるサリュの頭にポン、と手を乗せる。
「? タロ様?」
「しつこく聞いて悪かったよ。今日はもう疲れただろうし、もう寝ろ」
「……怒らないのですか?」
「別に怒らないよ。というか、お前に本気で怒ったことなんか今までないだろ」
「言われてみれば、……そうですね。はいです……」
出会ってから今までのことを思い出していたのだろう。サリュは微笑を浮かべながらも小さく頷くのだから。
そして、我慢できなくなったように嬉々なる表情へと変わっていく。
「えへへ……♪ タロ様に久しぶりにいい子いい子されましたぁ♪」
……まずったな。ついつい昔の癖でやってしまった。
俺もこういうところは直さないとなぁ。
そう思い、手を引っ込めようとしたときだった。何を思ったのだろう。
「!? お、おい!」
サリュは離れようとする俺の手を、両手で包み込むとそのままに自分の胸へと近づけてくる。薄いキャミソール越しに柔らかな感触が触れそうになり、心臓が跳ね上がりそうになってしまう。それでも、サリュの表情がまたしても変わっていることに気づけば、邪な感情など何処かへ消えてしまう。
「……サリュ?」
「誓います。タロ様を嫌ったことは8年間、それよりもタロ様と幼馴染になった日から1度たりともありません。それはこれからも絶対に変わらないことです」
静かにも目を閉じ、慎ましくも慈愛に満ちた表情だった。
その言葉を聞き、その表情を見てしまえば、心臓の鼓動は底知らずに早くなっていく。
邪な気持ちでではない。ただただ幼馴染としてではなく、1人の少女としてサリュを可愛いと思えてしまったから。
いつもの軽い感じとは違う真剣な告白。もし今、結婚してくださいと言われたら、思わず頷いてしまうかもしれない。それくらいに、今のサリュにときめいてしまっていた。
気が付けば、いつもの天真爛漫なサリュに戻っている。
「じゃあタロ様。おやすみしましょうか」
「あ、ああ……」
部屋から出て行くサリュの後ろ姿を見ながらも、感慨深くなってしまう。
電話では分からなかったけど、やっぱりサリュも成長しているのだと。
「ちょっと危なかったかもな……」
! いかんいかん。あれは只の幼馴染。
少なくとも謎が解明されるまでは、そういう目では見たくない。
トリートメント効果は未だ継続中。文字通り、目を覚ますには丁度良いだろう。
少し前に届いたヘッドセットの性能でも確かめようと、付けっぱなしのノーパソからニコ生のマイページを開き、テスト用配信とダビングの準備をしていく。レインダンス襲撃生放送を何度もやっているだけに準備はお手の物だ。
すぐにテスト放送が開始され、インカメラには俺とサリュが映し出されて、……え?
「わぁぁ♪ タロ様とサリュが映ってるですっ! 最先端ですねっ!」
何がそんなに面白いのか。いつのまにか真横からディスプレイを覗き込んでいたサリュは、カメラに写る自分に手を振り続けている。
「おい……。俺は確かめることがあるから、まだ寝ないぞ?」
「そうなのですかぁ? ではでは、タロ様がお仕事している間にサリュがお布団温めときますね」
「ああ、よろしく頼――、……あ?」
「?」
何で当たり前にベッドに入り込もうとしてんの?
「おい……。さっき部屋に帰ったんじゃないの?」
「枕を取りに行っただけですよ?」
「……一緒には寝ないぞ?」
しばしの静寂。からの、
「……。ええ!? お泊りのときは一緒に寝てたじゃないですかぁ~!」
「高校生の男女が一緒に寝るなんて有り得な――、ってデジャブ! 部屋に帰れ―――っ!」
「ひ~ん!」
コイツ、やっぱり昔とそんなに変わってないというか、ブレないというか……。
もはや清々しいわ。
さすがは高性能ヘッドセット、俺の叫び声もかなりクリアに録れてました。
※ ※ ※
翌朝。
キッチンからリズムよくも切られていく食材たちの音。リビングにまで届く味噌汁の匂い。テーブルに並べられていく色鮮やかな料理たち。
そして、エプロン姿の俺。
仕方がないんだもの。桃山家の朝食は、母さんがミラノに行ってからは俺がすることになっているのだから。
別に料理は嫌いじゃないし得意な部類だとは思う。土日は親父の店を手伝うべく食戟の太郎やってるくらいだし。
時給500円でな!
働かざるもの食うべからず。それが桃山家家訓なのである。
朝食と並行し、弁当も完成。毎週木曜日は桜の弁当も作っているだけに2人分も3人分も大きく変わりはない。
「兄ちゃーん!」
朝にも関わらずハイテンションな我が妹が起きたようである。
「兄ちゃん! ガリガ○くん食べていい!?」
「朝から早々に!?」
というか家にガリガ○くんあったのに、俺に買わせに行こうとしてたのかよ……。
「ガリガ○くんは、学校から帰ってからな。今からは朝飯だ」
「分かったー! 朝飯ー!」
「あ、詩音。サリュを起こしに行ってくれ。まだ寝てるみたいだから」
「???」
「? どうした?」
「サリュって誰?」
「マジかお前……。昨日、一緒に晩飯食ったじゃん。昨日から一緒に暮らすことになった奴だよ」
「アイツか! サイヤ人みたいな髪の奴!」
サイヤ人呼ばわりするのはどうかと思うけど、昔にサリュと幼馴染だったことなど詩音が覚えてるわけもない。昨日のことは覚えててほしいけども。
両手をいっぱいに広げた詩音は、リビングを飛び出すべく全力ダッシュ、と思いきやリターン。
「今度は何だよ……?」
「名前なんだっけ?」
「サリュだよ!」
ケタケタ笑いながも、ようやくに起こしに行ってくれる。
「妹の将来が本気で心配……」
洗い物に手を伸ばそうとするが、1分もしないうちに詩音が戻ってくる。
「兄ちゃーん。サイヤ人行かないってー」
「もう名前忘れたのかよ……。というか、行かない?」
「うんー」
サリュって朝弱かったっけか? ガキの頃は毎朝向かい側の部屋から、俺が起きるまで覗いてたと思うんだけどな。
「妹が1人増えた気分だな……」
「妹の座はやらん!」
「そんなプライドはいらん。ありがとな、顔洗ってきていいぞ。俺が起こしに行くから」
「行ってらー」
妹の力の抜ける声援を浴びながらも、いざサリュの眠る2階へ。
最奥部にあるサリュの部屋をノックしようとするが、先にドアが開いた。
「なんだ起きてんじゃん」
「あ♪ おはようございますタロ様♪」
お天気お姉さん顔負けの満面スマイルなサリュが目の前に。
ニコニコしながらもサリュは手を広げてくる。まるで飛び込んでこいと言わんばかりに。
「? 何してんの?」
「おはようのハグとキスをしましょう」
「ここは日本だから、そういうのはしないの」
「むぅ~」
ふくれっ面になるサリュは見ていて飽きないけども、時間は有限。学校に行く時間も刻々と近づいている。
なんといってもサリュの記念すべく初登校日だし。
「さてサリュ。顔洗って飯食って、学校行くか」
「嫌です」
「へ?」
「?」
いやいや。お前が不思議がる要素はどこにもないだろ。
噛み砕いてワンモア。
「サリュよ。朝の始まりは顔洗ったり、歯を磨かないとスッキリしないぞ?」
「勿論するですっ」
「そうだよね。あ! お前ダイエットしてるのか! 馬鹿だなぁ~。そんなに細いのにもっと細くなろうとしてんのかよ。健康のためにももっと食べたほうがいいぞ?」
「勿論食べるですっ。タロ様好みのナイスバディを目指すですっ」
「そっか。じゃあ学校の支度からするか」
「嫌です」
「……あ?」
「学校は行かないですっ」
……ちょっと待ってくれ。そんな清々しく即答されたら、俺が何か間違ったこと言っているように思えてくるんですけど……。
いやいやいや。俺は正しい。自信を持って尋ねろ桃山太郎。
「……お前、留学しに来たんだろ?」
両の手のひらを重ね、キラッキラの笑顔でサリュは口を開く。そりゃもうキラッキラの笑顔で。
「留学はタロ様に会うためだけの建前ですっ! ひ~ん! デコピン痛いですぅ!」
「そりゃデコピンするわ! 留学の使い方、斬新かよ!」
全くを持って意味が分からない! どういうこと!?
「義務教育は終わったですよ?」
「馬鹿野郎! 学費払ってもらってる親御さんのためにも――って、俺はお前の担任かよっ!」
「旦那様ですよ?」
「やかましい! そのくだりはいいから早く着替えろ。制服届いてるんだろ?」
「……届いてないです、……よ?」
「嘘下手かよ……。クローゼットにおもくそ掛かってるじゃねーか」
「あれはサリュのじゃなくて、ママ様のです」
「人の母親に気色悪いオプション付けるな! 早く着替えろ!」
「い、嫌ですぅ……」
危険を察知したらしい。俺が1歩近づけば、また1歩後ずさるのだから。
着替える、着替えないのラリーを繰り返すこと数分。
ようやくにサリュを壁際まで追い込むことに成功。
ヘアバンで前髪をアップしてクリクリお目目をいくら潤ませようが、今回ばかりは絶対に折れない。
「ラストチャンスだ。着替えなさい」
「やぁですっ!」
交渉決裂。俺の苛立ちもMAX。
「ク・ソ・不・登・校がぁ~~~!」
「ひゃっ!? タ、タロ様!?」
御免! もはや手段は選んでいる場合ではないと、サリュの上下一体型キャミソールのスカート裾をガッチリ掴む。
そのままにたくし上げようとするが、サリュも抵抗してくる。
「や、止めてくださいよぉ~~~! ブラしてないんで見えちゃうですよぉ! く、くすぐったいですぅ! アハハハハ!」
脱がせるわけにはいかないとサリュはしゃがみ込み、必死な俺も押し倒すかのように上へと覆いかぶさってしまう。何でコイツはちょっと楽しそうなんだよ。
「一緒に風呂入ろうとしてたくせに関係あるかぁ! そんだけ見せたくないなら、自分で着替えろ! それなら止めてやる!」
「絶対に着替えないですぅ!」
「じゃあスッポンポンにしたらぁ!」
「ひゃああああ~~~!」
はたから見ればお代官ごっこ。しかしながら、俺としては超大真面目。
部屋に現れた制服姿のセカンド幼馴染がなんと思おうとも。
「……太郎?」
「あ、おはよう桜。今ちょっと大事なところだから、ちょっと待ってて」
「女の子襲おうとして何言ってんのよ―――!」
「きゃん!」
容赦ない膝蹴りを首側面に浴びせさられ、壁に激突。
ありえない方向に首が曲がり、視界には毘沙門天様をスタンドにした桜が見下ろしていた。怒りと照れが混じって、真っ赤っか。
「一緒に学校行こうと思って来てみれば……朝っぱらから、その……バ、バカじゃないの!? っていうか誰!? どこから誘拐してきたのよ変態!」
「ご、誤解だ! これは俺の人生を賭けた行為であって、って何でまた襲おうとするの!? 誤解だ誤解! 俺は変態じゃない!」
確かに変態っぽい発言だけども!
桜が頚動脈目掛けてギターピックを振り下ろそうとしたときだった。
自分の身体が有り得ないほどに震えていることに気づく。しかし、震えているのは自分ではなく、いつの間にか俺の背中に隠れ込んだサリュだった。
衣類は乱れたままにも関わらず、ヘアバンだけはすっかり外し、目元は完全にシャットダウン。
そのときに初めて気づく。サリュの前髪が異常なまでに長いことに。
自慢のオッドアイどころか、視界あるの?、ってレベル。
しかしながら、今そんなことはどうでもいい。自分の命を優先したい。
さすがの桜も俺単体を狙うのは難しいらしく、攻撃を中断。チャンスは今しかない。
「サリュ! お前からも説明してやってくれ!」
「ヤ……」
俺と桜は首を傾げる。
「「ヤ?」」
「ヤ、ヤ、ヤ、ヤンキーさんがカチこんで来たですぅぅぅ~~~!」
恐怖と混乱の感情を大爆発。ぎゅ~~~~!、とこれでもかというくらいに、サリュが俺を抱き寄せる。
桜といえば理解不能。
「ヤ、ヤンキー……? 私が……? ちょ、ちょっと」
桜はサリュへと手を伸ばそうとするが、「ぴええええええん!」とサリュ大号泣。
「これ以上、サリュに近づくな! よく分からんが、お前はカタギとは思われていないようだからな!」
「な、何でよ! っていうか、サリュ? ……サリュちゃんって、あのサリュちゃん……?」
「どのサリュちゃんだよって言いたいけど、前々から話してた最初の幼馴染だ。今日から俺たちと同じ高校に留学してきたんだ。ちなみに昨日から俺んちでホームステイすることになった」
「……この子がサリュちゃん……」
サリュをボーッと眺めていた桜だが、
「……一緒に住んでる? ……。 !? 一緒に!? 同居してるってこと!?」
「あ、ああ……、そうだけど……」
まさに開いた口が塞がらない。桜はぱっかりと口を開き、若干青冷めているような感じにも見える。やっぱりそういう反応になるよなぁ……。
背後から、若干の落ち着きを取り戻したのか、小声ながらもサリュが尋ねてくる。
「……桜? 桜さんって、あの桜さんですかぁ?」
「どの桜さんだよって言いたいけど、サリュにも前々から話してた新しい幼馴染だ。お前が引っ越してからずっと、小中高一緒の腐れ縁的な奴だ。桜の朝練が無いときは、こうやって俺を迎えに来てくれるんだ」
「……この方が桜さん……」
以降、桜同様にサリュも喋らなくなる。
何だよコイツら。急に喋らなくなって見つめ合うなよ。百合百合しぃわ。
俺までも固まっていると、意外にも静寂を崩すのはサリュ。
「き、着替えるですっ!」
「え……?」
「着替えてタロ様と登校するですっ! イチャイチャしながらっ!」
さっきまで嫌がってたくせに、制服に着替えるべくクローゼットへと猛ダッシュ。
「ちょ、ちょっと待てサリュ! 自発的に着替えるなら俺が出て行ってからにして! お、おい桜! お前からも何か言ってくれよ! プリーズセイ!」
「……イチャイチャするの……?」
「え? いやいやいや! イチャイチャとか今はそんなこと――、「イチャイチャなんて絶対にさせないから! バーカ! バーカ! バ―――カァ!」」
顔を真っ赤に罵ってくる幼馴染と、一生懸命に服を脱ぐ幼馴染。
……何コイツら。情緒不安定なの?
学校よりも先に、病院連れて行こうかな……。
※ ※ ※
家辺りはまだ良かった。近隣の人は微笑ましくも、俺らのことを見ていただけだから。
学校前の並木道あたりからは完全な地獄と化していた。
「サリュ、もう少し離れて歩いて……。ギター背負わされてるから重いし、何より周りの視線が痛いしさ……」
右半身と一体化するかのように、ガッツリくっつくファースト幼馴染。
「ギ、ギターはゴミ捨て場に置いていきましょう……」
「ちょっと! 私のギターなんだから、変な提案しないでよ!」
左耳でキャンキャン吠えながらも、俺にギリギリ触れるか触れない至近距離を保つセカンド幼馴染。
「……に、2番目のくせに……」
「幼馴染の順番なんて関係ないじゃん!」
「ひ~~~ん! 鬼の形相~~~! 助けてください~~~!」
「け、喧嘩売ってきたのそっちじゃん! ねぇ! 今の私が悪い!?」
「タロ様ぁ~~~!」「太郎!」
「助けてほしいのは俺だし、お前らが悪い!」
良く言えば、右手に金髪ハーフっ子、左手に学園アイドル。
悪く言えば、右手に阿修羅マン『泣き』、左手に阿修羅マン『怒り』。
助けてキン肉マン……。
両手に美少女兼爆弾を抱えながらも登校しているというわけだ。
阿修羅マンも厄介だが、周りの生徒の視線も厄介。
皆の言いたいことも分かるよ。俺だって他のレインダンス2人が、男子生徒とイチャイチャしながら登校してたら、いいなぁと思っちゃうもの。
けどさ……。俺からしてみたら、オカンと妹とイ○ンモールで買い物してるくらい今の状況はキツいんですよ。そりゃもう公開処刑ですわ……。
それに両手に花という言葉には語弊があるかもしれない。今現在、片っぽの花は、美少女というよりもチンチクリンな小動物へと成り下がっているから。
その人物はサリュ。周りの視線を気にするかのようにオロオロしており、美少女の見る影もない。
というよりも、影すら見せようとしない。
前髪をずっと下ろしたままなのだ。未だに可愛い顔、チャームポイントのオッドアイなどシャットダウン。
「なぁサリュ。前髪は上げないの?」
「上げないですぅ……」
「どうして?」
「恥ずかしいからですよぅ……」
分からない。俺と一緒にいたときは上げてたくせに。
オッドアイが恥ずかしいということだろうか?
周りの視線に耐えながらも、やっとこさ正門前まで到着。
到着するが思わず立ち止まってしまう。
「げ」
「桃山よ。声に出てるぞ」
「え? ハ、ハハハ! ちーす岩田先生! 今日もオシャレですね!」
「柔道着だバカモン!」
柔道着に身を包み叱責してくるのは、生活指導兼、柔道部顧問の岩田先生。40を過ぎたにも関わらず、ガタイはガッチガチ。岩と鋼タイプのポケ○ンだ。
「ジョークじゃないですか……」
昭和の頑固親父のような岩田先生は、赴任して間もなくで柔道部を全国レベルにまで引き上げた熱血教師。そして、俺たちオルタナティ部がまともな活動をしていないのではないかと、疑い続ける先生でもある。当たっているし理不尽なことで怒らない先生だから厄介極まりない。
だからこそ、パトカーやお巡りさん同様、岩田先生とはエンカウントするだけで緊張してしまうのだ。3世ととっつぁんの関係に近いよね。
岩田先生は高圧的に仁王立ち、腹から出す低域ボイスにて尋ねてくる。
「で、桃山。その子は何故、金髪なんだ?」
「え?」
「太郎、後ろに隠れてる」
桜の助言のもと振り返れば、右腕に密着していたはずのサリュが背中、というよりもギターを盾に隠れているではないか。
訝しげにサリュを眺める岩田先生に対し、サリュは「ひっ……!」とチワワのように震えている。
チワワVSゴリラ。こんな感じだろうか。
「岩田先生、コイツの髪は地毛ですよ。今日から留学してきたサリュって言います」
岩田先生は留学生の情報を知っていたらしく、「ああ」と納得してくれる。
「その子が留学生か。これからよろしくな」
「ほらサリュ、ちゃんと挨拶しろ」
「ど、どもですぅ……」
本能的に恐い人物だと分かっているのだろう。サリュは微弱ボイスとともに会釈しながらも、さっさとこの場から立ち去りたいとグイグイと俺の背中を押してくる。
俺も立ち去るのは大賛成なので歩を進めることに。
「待て、桃山」
「はい?」
「昨日は部活動を早めに切り上げたらしいじゃないか」
「……」
OH……。バレとる……。
「店の手伝いの日ではないよな?」
「……あ!」
「また親戚を殺すのか? 俺が聞いただけでも5人は死んでるが」
「……じゃあ、親戚の友達の葬式でお願いします」
「じゃあとは何だ!? それに親戚の友達は、お前とは他人だバカモン!」
「イッテ――!」
ガタイと同じく、ゲンコツもガッチガチ。
冷たい視線、頭頂部の痛みに耐えながらも、ようやくに俺と桜の教室である2年A組に到着。痛みはしばらく残るが、人々の冷たい視線からようやく解放されるだろう。
教室に入る直前、未だ俺にピッタリくっついていたサリュを無理矢理に引き剥がす。
「もうすぐ先生が来るだろうから、自分の教室でおとなしく待ってろ。じゃあ頑張れよ」
「……」
何も喋らないサリュにひらひら手を振りながらも、自分の教室へと入る。
すると、桜が、
「ねぇ太郎。思いっきり付いてきてるよ?」
「え? ……」
振り向けばサリュが。俯きながらも俺の袖を掴んでくる。
デート後に帰りたくない彼女かっ。
「サリュよ……。ここはA、お前のクラスはC。OK?」
「……今日からAです」
「今日からも何も、まだ留学初日だろ……」
「じゃあAクラスになれるようにもう1度、手続きするです……」
「リセマラはできねーよ」
「じゃ、じゃあ、トレード移籍するですぅ……。桜さんと……」
「何で私!? しないわよ! というよりも、できないわよ!」
「ひ~ん! 手詰まりですぅ!」
サリュ、半泣き。
泣きたいのは俺らだよ……。
出入り口でヤイヤイしていると、クラスメイトの注目を浴びるのは無理もない。
「誰あの子?」「……あれって地毛?」「前髪長すぎじゃね?」「桃山が女の子泣かしてるぞ!」
居心地悪いわぁ……。
いつもなら、「昨日の放送見たぜ。生足惜しかったな」とか、「また八重樫さんにセクハラしようとしたんでしょ、桃山サイテー」とか、ニコ生の放送後は、なんやらかんらや俺に話しかけてくれるクラスメイトたちなのに、今は俺らのやり取りを伺うのみ。
どうにかできませんかと、桜へアイコンタクトを送ってみるが、
「バーカ」
桜はこれ以上巻き込まれるのは堪ったものじゃないと、背負っていたギターを回収し自分の席へと行ってしまう。
席に座れば、「いー!」と威嚇し、ふいっと視線を窓に移しやがる。
ロクな幼馴染がいないなぁ。
「おお!? 金髪少女と太郎がイチャついとる!?」
持つべきものは馬鹿な親友。登校時間ギリギリにやって来たキンタが、俺らを発見し大興奮。さすがはオープンオタをやっているだけのことはあり、不屈なメンタルと好奇心でグイグイ来る。
「え? え? 誰なん? 前髪めっちゃ長いやん! オレのこと見えてる? 指何本立ててるか分かる? 何も立ててないけども」
「キンタ、ウザいから少し黙って。ほらサリュ。隠れてないで自己紹介しろ」
「あわわわわわ……」
俺の背中に隠れるサリュは、まるで変質者とでも対峙したように震え始める。近距離にいるから分かるけど、前髪から僅かに覗く瞳はもはやダム崩壊寸前。
自己紹介から他己紹介にシフトせざる得ない。
「ご、ごめん。俺から紹介するわ。コイツはサリュ=ニコルソン。キンタには何度も話したことあるだろ? 俺の昔からの幼馴染だよ。8年ぶりに日本に帰ってきて、この高校に留学しにきたんだ」
「おー! あのサリュちゃん! よろしくなーサリュちゃん」
オープンなキンタの対応にもサリュは応じずに、やはりオドオド。
さすがのキンタも傷心気味。
「……俺、そないにウザい?」
キンタがウザいのは仕方ないものの、やっぱりサリュの反応がおかしい。
俺以外の人物と、まともにコミュニケーションが取れていないことは明らかだから。
今のサリュには恥ずかしがり屋という単語がピッタリすぎる。
俺にくっつくのも懐いているからというよりも怖いからという風に見えるし。
キンタも震えるサリュに質問するのは悪いと思ったのだろう。ターゲットを俺へと変更してくれる。
「留学してきたってことは、サリュちゃんは1人暮らしなん?」
よりによって何でそんな答えたくない質問……? 空気読めるか読めないかマジで分からん奴だな……。
言いづらいけど、いずれキンタにはバレるだろうしなぁ。
「いや……、それがその……俺の家で……ね」
「! マジか! ひゃあ~~~! ひとつ屋根の下とかエロゲの主人公やん!」
「声デカいんだよ馬鹿!」
共学で堂々とエロゲとか言うなよ。
それに最悪だよ……。
「お、おい聞いたか? 桃山の奴、あの子と同居してるんだってよ……」「八重樫とも家近いのに……?」「羨ましいよりも妬ましい……!」
一瞬で同居してんのが周りにバレたじゃん……。
ざわつく空気の中、サリュが尋ねてくる。
「タロ様ぁ……、エロゲって何ですかぁ……?」
「お前はそんなこと気にせんでいい! ったく、キンタがアホなこというからサリュが――、? ……なんだよキンタ」
「様……? タロ様ぁ!?」
「え? ……あ」
よくよく考えれば、様付けで呼ばれてるのっておかしいよねー。
キンタが口角泡を飛ばしながらも大興奮。ウザさ五割増。
「金髪幼馴染と同居してて名前を様付け!? エロゲやん! お前、エロゲの主人公やん!」
「エロゲエロゲうるさいんだよ! 周りの奴らもヒソヒソするなぁ! 言いたいことがあるなら直接かかってこいやぁぁぁ!」
泣いてねぇよチクショウ! やけになってるだけだよ!
「で、太郎はサリュちゃんルートと八重樫ルートのどっち――、」
赤面した桜が乱入。
「死ね遠山ぁぁぁ~~~!」
「グェェェェ……。ギターの弦で首絞めんといてぇぇぇ……!」
これ以上は喋るなと桜はキンタの首を絞首。ざまぁ見ろキンタ。というか桜は盗み聞きしてたんかい。
桜は荒くなった呼吸を正しながらも、
「た、高々一緒に住んでるくらいで、皆大げさ過ぎでしょ……。 その……、付き合ってる関係ってわけでもないんだし……ねぇ、太郎?」
珍しくも、ナイスなセンタリングを上げてくれる桜。
マジで助かる……。
「そ、そうだよ! 別に俺とサリュは幼馴――、「お嫁さんです」」
俺を含めた一同が一斉にフリーズ。
「……え?」
あれだけ震えていたサリュが嘘のように、というか1足す1は2だと、さも当たり前のようにサラりと発言したのだ。
さらにはダメ押しに。
「サリュはタロ様のお嫁さんですよ?」
オウンゴ―――――――ル!
「「「「「お嫁さん!?」」」」」
キンタを筆頭にクラスメイトがお嫁さん発言を問いただすべく、俺とサリュの周りを囲み始める。桜は棒立ち。
「ひっ……! あわわわわわわ……!」
お嫁さん発言の強気はどこへやら。サリュはまたしても、というよりも囲まれた分、更なるパニック状態に陥ってしまう。
そのビビっりぷりは自宅でのサリュ、8年前の天真爛漫に人々と接していたサリュの姿の見る影も無い。
もはや俺の力ではどうすることもできない。
ハハハ……。人の噂も七十五日って言うけど、高校生活の七十五日ってそこそこ致命傷だよなぁ……。
月島さんを探す旅に出かけようとするが、
「あ、あかん! 太郎! 止めたって!」
「……へ?」
何だろう? キンタがサリュを指差しながらも、めちゃくちゃ動揺しているではないか。他のクラスメイトも先ほどまでとは違うどよめきを上げている。
「一体何が――、ってサリュ!?」
何ということでしょう。サリュは短い舌を出し、歯を食いしばっているではありませんか。
「~~~~っ!」
「し、舌を噛みちぎろうとしている!? ば、馬鹿野郎! 死を選ぶな!」
緊張MAXで死を選ぶとか生物的にどうなの!?
急いで口をこじ開けようとするが間に合わず。
サリュの全身が、ふっ、と弛緩し地面へと一直線。
「サリュ!?」
すかさずキャッチ。しかしながら、一切の力が入っておらず。
「サリュ……? ピ、ピクリとも動いてない!? サリュ! サリュ―――――! 助けてくださぁぁぁ―――い!」
この事件以降、サリュに話しかけようとするクラスメイトはいなくなった。
留学初日から盛大にズッコケたのは言うまでもない。
※ ※ ※
教室の中心らへんで救助を叫んでから、十数分が経過。
幸いサリュの命に別状はなく、現在は保健室で休養中。呼吸もしているし、舌がちょっと腫れるくらいだろうと保健室の先生も言ってくれた。だからといって、職員室にコーヒー飲みに行くのはどうなのだろうか。仕事しろよ。
サリュのぷにぷにホッペを突こうが伸ばそうが起きる気配はない。
「本当、人騒がせな奴だよ……」
おかげで授業も休んじゃったし。
頬で遊ぶのを止め、何気なくサリュの前髪を上げてしまう。
まるで、静かに眠る白雪姫。
「絶対、前髪短い方が可愛いんだけどなぁ……」
しかしながら、無理に前髪を上げさせても、また命を断とうとするだけ。
前髪を上げない理由は、今日のサリュの様子を見れば大体は察しがつくものの確定事項ではない。
「こればっかりは本人に聞かないと分からないな……。もう1パターンもあるけど……」
おもむろにポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。が、電源ボタンを入れる気になれない。
いつも一方的だし、電話を掛けても無視られるのは分かっているから。
「! ……マジシャンかよ」
テレビの常套文句である『諦めかけた、そのとき』が、適切な言葉だと思う。
俺が掛けようか悩んでいた、ミラノにいる母さんから着信が入ったから。
っていうか、時差を考慮しろよ……。出るけどさ。
画面をスワイプ。すると、全然嬉しくない肉親ボイスが聞こえてくる。
『あ、太郎? 母さんだけど』
「何だよ……。今授業中だぞ?」
『でも、出れるってことは暇なんでしょ?』
それで貴方がいいなら、別にいいですよ……。
沈黙を暇だと判断したらしい。
『じゃあ本題に入るわね』
「……じゃあの意味知ってる?」
『当たり前でしょう。馬鹿にしてるの?』
「どっちが!?」
もっとあるでしょうよ。「サリュちゃんは無事に着いた?」とか、「サリュちゃん可愛くなったでしょ?」とか。
さすがは、仕事大好き人間。タイムイズマネーと言わんばかりに、愛する息子とコミュニケーションを取る気は全くないらしい。
いつも仕送りありがとうございます。
「分かりましたよ……。好きなだけ本題に入ってくださいよ……」
『さすがは母さんの息子ね、物分かりが良いわ。サリュちゃんを人気者にしてあげなさい。それだけよ』
「……へ?」
『電波が悪いのかしら? サリュちゃんを人気者、学園のヒロインにしてあげなさい、って言ったのだけど』
「……はい?」
? 俺の聞き間違いだよな? 母さんから乙女チックな言葉なんて出るわけがないし。
気のせいに決まってる。だってそれが本題ならば無理ゲーだから。
だからこそ、最終確認。
「……ごめん、もう1回言ってくれる?」
『さすがお父さんの息子ね、物覚えが悪いわ。サリュちゃんを学園のヒロインにしてあげなさいって言ったの。母さん明日も早いから、おやすみー』
「待たんかい!」
『何よ』
「軽すぎるわ! サリュを学園のヒロイン!? 今のサリュがどんな感じの奴なのか知ってるんだろ!?」
『8年間も一緒に暮らして、娘のように可愛がってきたんだからアンタより知ってるわよ。そもそも知ってるから、サリュちゃんをアンタのところに留学させたんじゃない。送り込むのも大変だったんだからね』
何その押し付けがましい感じ……。サリュは不幸の手紙か何かなの?
そういえばサリュは言っていた。母さんの勧めで留学しに来たって。
そのことが関係あるのだろうか?
「何でサリュはこんなに恥ずかしがり屋になったんだよ? 今日なんて朝っぱらから学校行きたくないとか駄々こねるしさ。アイツ、幼稚園とか小学校、超好きだったじゃん」
『そこら辺は本人に聞きなさい。母さんから説明することじゃないし』
「そんなこと言っても……。サリュって昔から変なところ頑固だし無理だって」
『無理じゃないわ。するのよアンタが』
「……できません」
『何で?』
「できないというか、できる気がしない……」
受話器越しに母さんのため息が鼓膜に入り込んでくる。
『分かったわ』
ホ……。分かってくれて何よりだ。
『そこまで言うのなら、太郎の学費は払わないわ』
「……え? ちょっと待って。え……?」
『あ。というよりも今月分、振り込むの忘れてたわ。丁度良いわね』
「おい! 何が丁度良いの!? 原因の究明を要求する!」
『眠いからもう寝るわね』
「寝るな! 息子の学費払ってから寝ろ!」
聞く耳持たず。ため息ではなく、あくびが聞こえてくるもの。
そして、最後に言うのだ。
『いい? とにかくサリュちゃんを任せたから。おやすみー』
「ちょ、ちょっと! せめて今月分の学――、切れた……」
え―――……。学費、え―――。
サリュを学園のヒロインにしないと俺は学園を立ち去らないといけないの?
なんだよ、その理不尽ゲーム……。
「……ん。……あれ? タロ様……?」
あまりにキャンキャン騒いでいたものだから、サリュが目覚めてしまったらしい。
目をこすりながらも眠気まなこで見つめてくるサリュに聞かざるを得ない。
「目覚めたところ悪いけどサリュよ。お前は学園のヒロインになりたいの?」
「? ヒロイン、ですか? いいえ全く。タロ様のお嫁さんになりたいですっ!」
ヤバいよ。俺もう中卒決定だよ。
いやいやいや。曲りなりにも俺は高校生活をエンジョイしているのだから、中卒は何としても避けたいところ。
仮にサリュが一生養ってくれるなら紐になるのも考えるけど、今のままだと間違いなく俺が貢ぐ側になってしまうだろう。
中卒にされて貢がされるとか……。
コイツは悪女か。
いやいやいや。幼馴染を悪女と決め付けるのは、早計かもしれない。
「サリュよ」
「なんですかぁ?」
「お前が学園のヒロインになるか、俺が中卒になるならどっちを選ぶ?」
「タロ様が中卒ですっ」
「……ほう。その場合、俺はお前に養ってもらうことになるけど、それでもいいか?」
「将来のサリュは、タロ様の帰りを待つ主婦さんですよ?」
「その旦那は家にずっといるから、お前が働きに行かないとダメだぞ?」
サリュがコテン、と首を傾げる。
「? サリュは働かないですよ?」
「交渉決裂! 俺はお前を学園のヒロインにすることにした!」
「ええ!? い、嫌ですよぅ!」
「異論は認めん!」
「ひ~ん!」
かくして俺の学園生活を守るため、サリュを学園のヒロインにすることになった。